りんごの芯

思いついた事感じた事を言葉に ショートストーリーにしています。

秋風

秋の風がふわりと通り過ぎていく

洗濯物が乾きにくくなって

半袖が肌寒くなる

バイトに行く時間の空は暗くなり

秋が来たと想う

秋はそっと語りかける

独りはさみしいねって

 

秋に語りかけられて私はハッとした

独りでさみしい…

 

さみしさで一杯になって

嗚咽を漏らしながら泣き

眠った

 

朝を迎えた

ひんやりと冷たい空気が独りを際立たせる

暖かい飲み物をのみほっと一息

他愛もない家族とのLINEに落ち着き

卵焼きを焼いてお弁当を作るそして、朝食を食べ

学校へ自転車を走らせる

 

何も無い日常にホッとする昼下がり

 

 

大人になったと感じる悲しさ虚無感

昨日はバイトがおわり

もう虚しくなって虚しくなって

泣きながら帰った

ヒックヒック泣いてうぐってなって

車に轢かれそうになった

 

それ程に泣いていたのに

お家について疲れたーって座り込んだら

まぁいいかぁーがんばろーって

なったのだ…

 

能天気なのか…?

それとも

溜め込んだだけなのか…?

 

私自身そんなに感情整理が上手くないので

なんだか不安になった

 

最近は変に言い争わなくなったし(折れる側)

人に対してもまぁそういう人もいるよね…

ってな感じで…

 

これが大人になったというのかな?

そうだといいな…

けど何か悲しいのです

私はこうだ!って発信できなくなっていて

何かを忘れている気がするんです

 

それでいいのかな…

ベットの上に広がる世界

バイト終わりに疲れて帰ってきて

寝る準備をすませて明日の用意をして

やっと飛び込むベッド

 

ふわりと私の重みを受け止め

お風呂で火照った身体をひんやりと包む

薄暗い部屋の天井には何も無い

だが

私の目には色々なものが見える

 

最近起きた辛いこと 苦しいこと 嬉しいこと 楽しかったこと

走馬灯のように目の前を駆け巡るのだ

 

静かに涙を流し クスリと微笑む

 

そうやっているうちに意識は遠いていく

 

ふわぁ〜と目を覚ます頃には

辛かったことはや苦しかったことはいい思い出になっていると信じて今日も走馬灯が走る

人との距離感

私は人との距離感特に異性との距離感がわからない

近すぎて好意を持っていると思わせがちだ

自分というものをもっていないから

尚更他人との境界線が薄い

 

いろんな人に会いたくて一人で飲み歩くことが多く

いろんな人と気軽に話す

そうするとここのお店行ってみたかった!ってなって一緒に行くことになることもある

男性曰くそれはもう好意があるという事

らしいが私からすればいい友達なのだ

 

そして私は外面がいいと言うかめんどくさい時は相手のしたい事に楽しんでいる雰囲気を出しつつ従うので

大体は趣味が同じであるとか共通点があると捉えられる

 

腹の底ではめんどくさいなーとかはやく終われーって思っていても

小さい頃からつちかわれた演技力がカバーしてくれてそれが勘違いさせることもしばしば

 

こうやって流れるように生きてきた

人との距離感を学ぶことなく生きてきた

そのせいで自分にとって大切な人を傷つけることになるかもしれない

自分だけの問題ではないと気づいた

 

私を守る為ではなく大切なあの子のため大切なあの人のために私は私を守るべきだと知った

 

若者が夢を見る町

私が住んでいるところからちょっと行ったところに

人が夢を持てる場所がある

夢を持てるというより

夢を現実に変えれる場所がある

 

そこに行けば自分が自分に隠していた部分が

くっきりと浮き出てくる

やりたかったこと

やらずにいたことにきちんと向き合える

そんな場所

 

いろんな人が溢れかえり

いろんな人が支えあい

いろんな人をつくっていく

すごく素敵な空間で

すごく知的な空間でもある

 

傍から見れば飲んだくれの集まりで

朝まで飲むくだらない集団だと思われるかもしれない

それでもとられた自転車のことなんて気にならなくなるほど

楽しくて優しい人たちだ

もちろんくだらないことの方が多いのだけれども

 

みんながみんな自分を持ち

それをひけらかす訳でもなく

みんながみんなを尊敬している

そんな場所だからこそ

夢を持ち夢を現実にすることが出来るのだと思った

 

私はこの町で自分を見つけ

この町で自分を変えた 

ここに居場所があるんだと強く思わせる町

そんな町に

私はしばらく居たいとおもう。

小さい命を抱きしめて

4ヶ月になる友人の子供をだっこした

とても小さく軽かった

それなのに命の重みはとても重くて

手を離してしまえば死んでしまう

 

母が子を喪う悲しさ

母が子を抱きしめられない虚しさは

何にも変えられない

ずっと母の元に留まり

母を悲しみのベールで覆ってしまう

 

その悲しみから抜け出し前を向こうと思わせるのも

また 小さな命なのだ

小さな命に励まされ 小さな命を抱きしめて

一歩踏み出せる

 

母は強く偉大だ

子供のためならば夢を後回しにできる

子供のためならば辛いことでも我慢できる

そんな母を子供は知らない

そして子供が親になり やっと気づくのだ

親は子供のために生きているのだと

それが愛であると

 

これから生まれてくる命の多くが

幸せで愛にみたされますように

そして悲しみの中にいる子供達が救われますように

私が救えますようにと祈らざるを得ない

 

ストレスと感情の形

私の中にはいろんな形やいろんな力の感情がある

昔カウンセラーの先生に

不安を消したい…強くなりたいと言ったら

というか喋れなかったので一方的に教えて貰ったのだけれど

 

その感情が外から来るか中から湧き出てくるかに注意を向けて

感情に形をつけて退治するイメージを作ってみたら?と言われた

 

それからはことある事にイメージを作っているのだが

ストレスはとても難しい

湧き出てくるストレスという液体をコップで受け止めるのだが

溢れそうになると自分が飲んでしまうのだ

するとスッキリする

でも私の中には溜まっていて

目に見えぬ形で体調不良として現れる

それか内側から爆発してしまうのだ。

 

スポーツをしても本を読んでも寝てみても

ストレスは解消されない

ストレス発散しなきゃとか言うけれども

日常的に少しの解離状態にあると

分からない

 

結局爆発するのだ

ストレスと戦うのは他の感情と戦うよりよっぽど難しい