りんごの芯

思いついた事感じた事を言葉に ショートストーリーにしています。

アブサンと私と古本バー

バイト後に疲れたので丘を登りそして降りアブサンを飲みに行きました。

心が疲れると決まってアブサンを飲みたくなる

飲みに行くまでそんなこと気にしてなかったのに

 

しばらくマスターに愚痴ってるとカエルのおじさんと呼んでる人がやってきた

何かしら話して相対性理論を教えてくれた

重力だの光の進み方など色々頭を使ったせいですっかり目も頭も冴えてしまった。

話は結局人はそれぞれ違う認識や、記憶の仕方があるという話に落ち着いた

 

家までは下り坂

スピードと車に気をつけながら考え事をする

 

なんで私は心がしんどくなるとアブサンを飲みたくなるのだろう

⇒そもそもアブサンが飲みたいのだろうか

アブサンを飲めるなら違う店でもいいんじゃないか

なんてぐるぐる考えていた

結局

私はあのお店に行きたいんだという結論に至った

あそこに行けば話を聞いてくれるマスターがいる(私はただの愚痴る厄介な客だろうけれども)

そしてカエルのおじさんと会えたらくだらない早口言葉か、結論に多種多様であるというオチのある小難しい話をする

ただそれだけだけれど

 

確実に私は心が落ち着く

程よい距離感の対話が私の頭を整理し心のリズムを取り戻すんだと思う

 

つまるところ

私にとって心が疲れたら飲みたいがアブサンという訳ではなく

アブサンを飲むという行為に付随する古本バーに行くということが心が疲れた時に欲していた行為なんだろうなと思った

 

考えているうちに 私がカメラを構える理由は

その時見えていたものを撮りたいから…という訳ではなく、その時感じていたものを見せたいのだと気づいた

だから写真をとる元気が出たら写真を撮り文を残そうと思った。

 

とりとめも無い話になってしまったが

自分は自己分析をする際は理由を追求していくのではなく

本当にそうなのか?とちがう見方をすることが分析に繋がるんだと気づいた

 

相対性理論は説明出来ないけど自分を少し知れた時間でした。